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福岡地方裁判所 平成9年(ワ)3440号 判決

原告 大野善雅

右訴訟代理人弁護士 幸田雅弘

同 深堀寿美

被告 株式会社 キングホーム

右代表者代表取締役 宮田仁

右訴訟代理人弁護士 梅野茂夫

主文

一  被告は、原告に対し、金一二〇七万四一三一円及びこれに対する平成六年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主位的請求

被告は、原告に対し、金一二一七万四一三一円及びこれに対する平成六年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  予備的請求

被告は、原告に対し、金一二一七万四一三一円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は、建物請負工事契約をして、被告に建物の建築を請け負わせた原告が、主位的に、本件建物が沈下したのは、被告が建物建築に当たって地盤調査等をするべき注意義務を怠ったことが原因であるとして、不法行為により損害賠償を求め、予備的に、瑕疵担保責任に基づいて瑕疵修補に代わる損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  被告は、土木工事、建築工事の設計・施工・監督等を目的とする株式会社である。

2  原告は、平成六年五月一五日、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を取得し、同日、被告との間で、次の約定で別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)新築工事請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

(一) 工事名 大野邸新築工事

(二) 構造 木造二階建瓦葺

(三) 工事場所 本件土地

(四) 請負代金 一四三二万九五九一円(契約書上は一七一〇万円)

(五) 仕様 図面及び仕様書のとおり

(六) 工期 着工日 平成六年七月一〇日

完成日 平成六年一一月一〇日

(七) 請負代金の支払時期 契約成立時 二〇〇万円

完成時 一五一〇万円

(八) 保証期間 完成引渡時より一〇年

3  本件建物は平成六年一一月下旬ごろ完成し、原告に引き渡された。

4  その後、本件建物の基礎に別紙図面一(甲一一添付書面)のとおり中心部分に南北に走るひび割れが発生していることが判明した。

平成九年六月ころの測定によると、本件建物について、別紙図面二のとおり、洗面所と玄関ホールの接合点を基準にして、南側角が〇・四五センチメートル、西側角が五・六センチメートル、北側角(玄関西横)が二・六センチメートル、洗面所北角が〇・四センチメートル沈下していた。

三  原告の主張

1  主位的請求

(一) 被告の過失

(1) 建物の建築請負契約を締結するに当たっては、当事者間で建築基準法など建築関連法規の基準によらないという特約でもしない限り、右の基準に従った安全性を確保した建物を建築して引き渡す合意があるといえるから、本件請負契約の当事者である被告は、原告に対して安全性を確保した建物を提供すべき義務があるものである。

(2) 本件土地は、かつて北から南に傾斜しているすり鉢状の斜面であった場所であり、その中心部分を深さ四メートルまで掘削し、L字型擁壁を立て、地盤が水平になるように、擁壁近辺では約三メートルの厚さで盛り土をし、それ以外の所は土地が水平になるように地山から一メートルないし数十センチメートルの厚さで盛り土をした造成地である。

このように、地山の上に造成した部分の深さが大きく異なる場合には、造成時の締め固め作業が不十分な場合はもちろんのこと、一般的にも、造成したての土は時間の経過とともにある程度自然に締め固まり沈下するので、造成した土地全体として見た場合、造成部分の深さの差に応じて地盤の硬軟に差が出る。そして、建物が比較的硬い地盤と比較して軟弱な地盤にまたがって建築された場合には、軟弱な地盤の上の基礎の沈下量が硬い地盤の上の基礎の沈下量よりも大きいため、基礎が不同沈下を起こすことが予想されるものである。

(3) 被告は、右(2)のような本件土地の形状を知りながら、地盤の強度の調査をすることなく、したがって、土地の強度を把握することなく漫然と基礎工事を実施して本件建物を建築しており、この点で被告に注意義務違反があるというべきである。

すなわち、傾斜地にある程度の高さの擁壁をついて土地を造成すれば、盛り土の高さや量もかなりのものになるから、地盤の強度に問題があるかもしれないということは当然に検討事項に入れるべきであるし、建築物が安全な構造を確保できるように、地盤の強度を調査すべきであり、その調査の結果、強度が不十分であれば盛り土部分に対して十分な展圧を掛けるなり、強度が出る地盤まで支持杭を伸ばして基礎を支える構造にするべきであったものである。

(二) 本件建物の不具合

前記の被告の過失行為により、本件建物は、基礎が南北の中心線を境にして下方に折れ、基礎地盤の盛り土部分が厚い西側に大きく沈下し、不同沈下を起こし、その基礎の不同沈下により本件建物全体が西側に傾斜し、特に南北の中心線を境にして西側が大きく傾斜しているという不具合を生じているものである。

(三) 損害

(1) 家屋改修工事費用 八九八万八五二五円

内訳① 基礎補強工事

仮設工事 二四六万円

杭工事 九三万六〇〇〇円

基礎持ち上げ工事 二二万〇〇〇〇円

基礎固定工事 一三四万四〇〇〇円

グラウト工事 四〇万〇〇〇〇円

機械材料運搬費 二一万四二〇〇円

現場経費 五四万五九三六円

管理費 七二万九八六四円

② 建物修補工事

仮設工事 二四万八五〇〇円

内部解体工事 一一二万〇〇〇〇円

諸経費 三四万二〇〇〇円

③ 消費税 四二万八〇二五円

本件建物の基礎の補修工事は、基礎がこれ以上沈下しないように構造上の工夫をした上で、基礎の水平ひいては建物の水平を確保するものでなければならないところ、その方法としては、本件建物の基礎の下に、住宅を支える地盤の固さが確保できる深さまで杭を打ち、杭と基礎を結合させる工法が適当であり、これを実施するための改修工事費用は、仮設工事費用、内部締め直し工事費用、内装工事費用等を含めて合計で八九八万八五二五円(消費税込み)を要するものである。

(2) 代替住居確保のための費用 一一〇万二八七〇円

右の補修工事では、基礎を支持地盤から十分に支えるため、建物の外周のみならず、建物の中心部分をも掘削して鋼管を埋め込んでいく作業が必要となる。その作業には本件建物の一階床部分を取り除くことが必要となり、その間は、建物を使用することができないし、基礎の不同沈下に伴い変形した建物を補正するために軸組等の補整も不可欠であり、それらは壁の上からは不可能で、内部の壁をはがざるを得ないものである。このように、これらの補修工事の期間、本件建物を住居として使用できないが、その期間は約二か月である。

そして、原告は、本件建物の補修のため、まず、本件建物から代替住居に転居し、そこで、約二か月間生活し、補修が完了した後、さらに本件建物に転居しなければならず、これらの費用として①引越費用八五万八八七〇円、②代替住居確保費用一四万四〇〇〇円(家賃二か月分九万六〇〇〇円、仲介手数料四万八〇〇〇円)、③移転雑費一〇万円の合計一一〇万二八七〇円を要するものである。

(3) 調査費用 四八万二七三六円

本件建物の不同沈下の原因及びその状況を正確に把握し、それに対する的確な修補方法を検討し、被告に対して相当の請求をするためには、専門家である一級建築士による調査及び私的鑑定が不可欠である。よって、そのような調査及び鑑定費用も本件と相当因果関係にある損害であるところ、原告は右費用として四八万二七三六円を支払済みである。

(4) 慰謝料 五〇万円

本件建物の不具合により被った原告の精神的苦痛は、物的損害の填補で補えるようなものではなく、このような原告の苦痛を慰謝する金額として低きに失するが、差し当たり五〇万円を慰藉料として請求するものである。

(5) 弁護士費用 一一〇万円

原告は、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人らに依頼し、その報酬として損害額の約一割に当たる一一〇万円を支払うことを約している。右も本件と相当因果関係にある損害である。

2  予備的請求

(一) 本件請負契約では、住宅金融公庫融資住宅に関する「木造住宅工事共通仕様書」が使用されたから、被告は、右共通仕様書に基づき「敷地地盤の状態については工事計画上支障のないよう地盤調査を実施するか、あるいは近隣の地盤調査に関する情報資料等により検討する」責務を負っていたものであり、そのような検討をふまえて、建築物について、自重、積載荷重、積雪、風圧、土圧及び水圧並びに地震その他の振動及び衝撃に対して安全な構造を確保しなければならなかったものである。

仮に建物の性能に関する右のような合意が認められないとしても、本件建物については、建築基準法等で定めるところの安全性能を有することが予定されているものである。

このように、被告は、本件請負契約に基づいて、敷地地盤の状況に応じた対策を講ずる義務を負っており、したがって、本件建物について敷地地盤に応じた性能を約束していたものであり、また、本件建物について建築基準法等で定める安全性能を有するよう建築すべきであったにもかかわらず、本件の軟弱な地盤の性状に見合った基礎を構築するなどの有効な地盤対策を講ぜず、契約内容あるいは法令で定められた性能を有しない瑕疵ある建物を建築したために、本件建物の不同沈下を引き起こしたものであるから、原告に対する瑕疵担保責任を免れないものである。

(二) 損害

原告は、被告に対して、瑕疵担保責任に基づき、瑕疵修補に代わる損害賠償を求めるものであるが、その内容は前記1(三)のとおりである。なお、瑕疵担保請求における瑕疵修補に代わる損害賠償請求においても、本件建物の瑕疵と相当因果関係にある損害として慰藉料及び弁護士費用が認められるべきである。

四  被告の主張

1  主位的請求について

(一) 原告は、請負人である被告に対し、不法行為責任を主張している。

しかし、債務者の責に帰すべき事由による一般の債務不履行の場合でも、当該債務不履行により、給付の目的以外の債権者の一般法益を積極的に侵害したのでない限り、債務者は単に債務不履行責任を負うに過ぎず、不法行為責任を負うことは原則としてないというべきである。

ことに、本件のような請負契約においては、瑕疵担保責任が不完全履行の特則になると解し、いったん仕事が完成すれば、それが不完全なものであっても、請負人は瑕疵担保責任のみを負い、不完全履行(一般の債務不履行)の責任を負わないというべきである。

このような考え方からすると、請負人が仮に瑕疵ある建物を建築した場合でも、注文者の権利を積極的に侵害する意思で瑕疵ある建物を建築した場合など、特別の事情がない限り、請負人は不法行為責任を負うものではないと解するべきである。

(二) 被告には、本件土地が地盤沈下するという予見ないし予見可能性は全くないのであって、過失はないものである。

すなわち、被告の従業員であった森は、本件土地を造成した株式会社大島観光開発(以下「大島観光開発」という。)の田辺社長から「地山だから地盤はしっかりしている。」と聞いて信じていたものであり、本件土地の基礎工事が行われるときに、基礎屋の方からも特段問題があるような指摘もなく、かつ、これまで同様のやり方で森が売却した案件において、地盤沈下が生じたことは本件以前にはなかったものである。また、本件土地の隣接地である地番八五九―一一三及び八五九―一〇九の土地上にもそれぞれ二階建建物を建築しているが、右建物は沈下している事実はなく、本件建物が沈下することは予見不可能であったものである。

(三) 原告の損害の主張は争う。

原告の主張する損害のうち、慰謝料は認められるべきではない。財産的損害につきてん補されれば足りる。また、弁護士費用も、不法行為が認められるような強度の違法性はないから、これを認めるべきではない。消費税の請求も不当である。

仮に、原告の主張する損害が認められるとしても、建物の傾斜を正常な状態にするのに、原告主張の杭打ち工法をすることは、敷地の工事がそもそも本件請負契約の内容に入っていないことからいっても過大なものである。

2  予備的請求について

(一) 原告と被告との契約内容は、建物建築請負工事であり、敷地地盤の工事は本件請負契約の内容には入っていないから、地盤の沈下自体は本件建物の瑕疵とはいえないものである。

(二) 瑕疵の修補は、完成した仕事の全部又は一部をそのままにして瑕疵の部分を完全なものにすることをいうから、原告が主張する内部解体工事はどの部分をどのように解体するかは不明であるが、完成したものを解体して改めてやり直すというような場合は、瑕疵修補が不能と解されるべきで、その場合の損害賠償額は、瑕疵があるために客観的に価値が減少したことによる損害を基準として定められるべきである。

原告は、被告が請負った金額である約一四三二万円と大差ない約一二一八万円の損害賠償を求めているが、このように新築工事に匹敵するような費用が要する瑕疵の修補が必要な場合は、瑕疵修補は不能であるとして、その修補請求はできず、前記のとおり瑕疵があるために客観的に価値が減少したことによる損害が賠償の対象となるというべきである。

また、調査費用、慰藉料及び弁護士費用も瑕疵担保責任における損害賠償の対象の範囲外というべきである。

五  本件の争点

1  主位的請求関係

(一) 本件において原告が被告に対して不法行為責任を追求できるかどうか。

(二) 被告に本件土地の地盤の状態の調査義務があり、地盤の状況に対応した安全な建物を建築する義務があったかどうか。

(三) 被告に右の義務違反があったかどうか。

(四) 原告が賠償を求めることができる損害の範囲及び額

2  予備的請求関係

(一) 本件建物に瑕疵が存するかどうか及びその範囲

(二) 原告が賠償を求めることができる瑕疵による損害の範囲

第三争点に対する判断

一  主位的請求について

1  《証拠省略》によると、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、平成六年五月一〇日ころ、新聞広告を見て、被告に連絡をとり、被告の社員の森清(以下「森」という。)の案内で、本件土地を現地に見に行った。

本件土地は、大島観光開発の所有であったが、大島観光開発の依頼で買い手を被告が探しており、被告の森が窓口となって、購入希望者に対して応対や説明等をしていた。

原告は、本件土地を購入した上、被告に建物建築を依頼することとし、同月一五日、被告の事務所で、本件土地の売買契約書を作成し、かつ、本件建物の本件請負契約を締結した。原告は、本件土地を購入して建物を建築するに当たり、住宅金融公庫の融資を受けることとした。そこで、本件請負契約においても、住宅金融公庫融資住宅に関する木造建物共通仕様書が使用され、これに基づいて被告が工事をすることが前提とされた(原告が住宅金融公庫の融資を受け、後記のとおり、被告の従業員がその手続等を代行しているものであり、本件請負契約においても右共通仕様書が前提とされたことは明らかである。)。右共通仕様書には、三・一・一において、「敷地地盤の状態については、工事計画上支障のないように、地盤調査を実施するか、あるいは、近隣の地盤に関する情報資料等により検討する」旨が定められている。

原告は、住宅金融公庫から一四六〇万円、年金福祉事業団から一三〇〇万円の融資を受けたが、それらに伴う手続は森が代行した。

原告は、契約後に地盤は大丈夫かと森に尋ねたところ、森は地山だから大丈夫だと説明した。

本件建物の建築工事は、平成六年一一月ころ完了し、原告は、本件建物に同月一〇日入居した。本件請負契約の工事代金は全額支払済みである。

(二) 本件土地は、大島観光開発が所有していたところ、古賀測量から造成することを持ちかけられて、造成した土地の一画である。

大島観光開発は、平成六年ころ三か月かけて本件土地等を造成し、その後、福岡市建築課の完了届を取得するのに半年くらいを要し、完了届を取得後、被告に引き渡した。

大島観光開発が本件土地を含む周辺の土地を造成している際、被告の従業員で建築責任者である松崎建造が造成しているところを見に来ていた。

本件土地は、かつて北から南に傾斜しているすり鉢状の斜面であった場所であり、その中心部分を深さ四メートルまで掘削し、L字型擁壁を立て、地盤が水平になるように、擁壁付近では約三メートルの厚さで盛り土をし、それ以外の所は土地が水平になるように地山から数十センチメートルないし一メートルの厚さで盛り土をした造成地である。右の擁壁付近の盛り土部分が深く、本件土地の中央から東側の盛り土が浅い構造となっている。

本件土地の地盤の強度について、スウェーデン式サウンディング試験(原位置における土の静的貫入抵抗を測定し、その硬軟若しくは締まり具合又は土層の構成を判定する試験)の方法により測定した結果によると、N値1以下の自沈層(標準勧誘試験の装置が自重で沈む地層)が本件土地の中央から東側において浅い部分に存在し、西側の擁壁部分では深い部分に存在しており、盛り土部分が多い西側部分でN値3以下の自沈層が一メートルないし一・五の厚さで存在しているとされる。

(三)(1) 本件建物の基礎は、いわゆるベタ基礎といわれるものであり、鉄筋が入っていて割れにくい構造体であるが、前記第二の二4のとおり、これが割れている。その原因は、前記(二)のような強度しか有しない地盤の上に本件建物が建築されたため、後記(2)のとおり本件建物が不同沈下していることにある。

(2) 本件建物は沈下し、全体に西側に傾斜し、南北の中心線を境にして西側が大きく傾斜している。

すなわち、平成九年六月ころ、本件建物は、一階は、ダイニングキッチンの南東側の壁の中心部分の床(甲第一一号証添付の「床レベル測定結果」と題する図面No.11)を基準にして、南側角(同No.13)が七ミリメートル、南西側の壁の中心よりやや南寄りの部分(同No.14)が一六ミリメートル、南西側の壁の中心よりやや北寄りの部分(同No.15)が三六ミリメートル、居間の西側角(同No.18)が六八ミリメートル、北東側の壁で居間と和室の接合する部分(同No.19)が六二ミリメートル、玄関西端(同No.4)が一一・五ミリメートル、玄関東端(同No.1)が六・五ミリメートル沈下していた。また、二階は、階段の北端を基準にして、南側の広い方の洋間の南東側壁の中央部分(同No.36)が三ミリメートル、南側角(同No.37)が八ミリメートル、南西側の壁の中心(同No.38)が三〇ミリメートル、西側の角(同No.39)が四七ミリメートル、東側角(同No.35)が七〇ミリメートル、北西側の狭い方の洋間の北西側壁の中心(同No.47)が八二ミリメートル、北角(同No.48)が五四ミリメートル沈下していた。

また、平成一〇年二月二〇日の時点では(乙七)、本件建物の一階は、ダイニングキッチンの東側角の床(乙七のNo.1)を基準にして、南側角(同No.4)が七ミリメートル、南西側の壁の中心よりやや南寄りの部分が二七ミリメートル、南西側の壁の中心よりやや北寄りの部分(同No.9)が四三ミリメートル、居間の西側角(同No.10)が七九ミリメートル、北東側の壁で居間と和室の接合する部分(同No.11)が七二ミリメートル、和室の北側角(同No.17)が五五ミリメートル、玄関西端(同No.23)が一〇ミリメートル、玄関東端(同No.24)が六ミリメートル沈下していた。

(3) 本件建物が右のとおり傾斜していることに伴い、本件建物の一階居間の南西側壁、天井、一階和室の壁、階段の角及び窓際の壁、二階廊下横の壁の窓際、二階の広い方の洋間の壁の窓際、玄関吹き抜け部分の壁の窓際などに多数のひび割れや壁紙の断裂・ゆがみが発生し、浴室のタイルにはヒビが入っている。また、建物の柱が傾斜しているため、一階和室の障子と柱の間に三・五ないし四センチメートルの隙間が生じ、押入の襖戸が閉まらず、二階の二つの洋室の入り口のドアが閉まらないなどの建具の建て付け不良が生じている。さらに、室内で立つと、西側への傾きを感じ、歩行すると、軽い乗り物酔いのような違和感を感じる状態である。

2(一)  争点1(一)について

原告の主位的請求は、不法行為による損害賠償請求権に基づくものであるところ、本件においては、原告の主張を前提とする限り、同一の社会的事実について、不法行為による損害賠償請求権と債務不履行による損害賠償請求権が発生するとされる場合であり(被告が主張するように債務不履行による損害賠償請求権が発生するからといって、不法行為による損害賠償請求権が発生しないことにはならない。)、そのような場合において、いずれの請求権を選択して訴訟物を構成するかは、原告の権能に属するものであり、原告が選択した訴訟物において、その発生原因が主張・立証される以上、同一の社会的事実について選択しうる可能性のある別の請求権を前提とする抗弁等を主張しても、それが原告の選択した訴訟物にかかる請求権に対する有効な抗弁等に該当しない限り、そのような主張は失当といわざるを得ないものであるところ、被告の主張1(一)は、原告が主張しない債務不履行による損害賠償請求権を前提とするものであって、主位的請求に関する限り失当というべきである。

(二) 争点1(二)及び(三)について

そこで、右認定の事実をもとに、被告の過失の有無について検討する。

まず、一般に建物の建築をする業者としては、安全性を確保した建物を建築する義務を負うものであるから、その前提として、建物の基礎を地盤の沈下又は変形に対して構造耐力上安全なものとする義務を負うものというべきであり、右義務を果たす前提として、建物を建築する土地の地盤の強度等についての調査すべきであり、その結果強度が不十分であれば、盛り土部分に対して十分な展圧を掛けるか、強度が出る地盤まで支持杭を伸ばして基礎を支える構造にするなどの措置をとる義務を負うものと解される。

しかるに、右認定の事実によると、被告が本件建物を建築するに当たって本件土地の地盤の強度等の調査をしたことや、地盤の強度に対応する建物の基礎の構造をとるような措置や、そのような基礎の構造をとることが困難であるとすれば地盤の改良を検討するなどした形跡はないのであるから、この点において、被告には注意義務違反が認められるというべきである。

被告は、本件土地が沈下することについて予見可能性はなかった旨主張するが、前記認定のとおり、本件土地はかつて北から南に傾斜しているすり鉢状の斜面であった場所であるところ、被告は、その従業員である松崎建造において、本件土地が造成されている際に、造成の現場を訪れているのであり、また、森においても本件土地付近を訪れたことがあるのであるから、その説細は把握できないとしても、少なくとも本件土地が擁壁をついて造成した土地であることは認識し得たものということができ、これらの状況を踏まえて、被告が本件土地の地盤の強度の調査をしていれば、前記認定のような本件土地の地盤の問題点を把握し、これに対応した措置をとることは十分に可能であったものと認められるものである。

被告は、被告が依頼した基礎屋が何も言わなかったとか、大島観光開発の代表者の田辺が地山だから大丈夫と言ったとか主張し、証人森清の証言中にはこれと同旨の部分があるが、これを客観的に裏付ける証拠はないばかりか、原告との関係においては、本件請負契約の当事者である被告が本件土地の地盤の強度の調査や地盤に対応する構造とする義務を負っているものであるから、仮に右のような事情があったとしても被告の責任が免れるものでないことも明らかである。

以上の説示及び前記認定の事実によると、被告は、建物の建築業者として、本件建物建築に当たり本件土地の地盤の強度を調査し、これに対応して構造耐力上安全な建物を建築する義務を負っていたものであるにもかかわらず、これを怠り、本件土地の地盤の強度の調査をすることなく、本件建物の基礎を本件土地の地盤の強度に対応できる構造としなかったことにより本件建物の基礎が破損し、その沈下を招いたものであるから、被告としては、これにより原告に生じた損害を賠償すべき義務を負うものである。

3  争点1(四)について

そこで、右を前提として原告の受けた損害について検討する。

(一) 補修工事費について

まず、不法行為を理由として求めることができる損害の範囲は、一般的には、当該不法行為により減少した価値相当分であると解されるから、本件においても、被告の不法行為により減少した建物の価額相当分が賠償の対象となるものである。ところで、本件建物は、その基礎が割れ、建物全体が沈下しているのであるから、その基本的な構造部分に重大な支障を有するものであるところ、そのような現状では、建物としての価値を有するとは到底考えられず、転売にも耐えうるような商品価値を備えるためには、基礎の割れを補修し、今後の沈下が防止されるような補修工事が必要であると認められるのであるから、右のような補修工事費用が、不法行為前の本件建物の価額を上回るなどして、不当に高額でない限り、本件建物について右補修工事費用相当額の価値の低下があるものと認めるのが相当であると考えられる。

そこで、検討するに、原告が主張する補修工事は、基礎が沈下しないように地盤対策した上で基礎の水平ひいては建物の水平を確保する改修工事方法として、本件建物の基礎の下に、住宅を支える地盤が確保できる深さまで杭を打ち、杭と基礎を結合させる工法である。

そのうちの基礎の改修方法の詳細は、①直径約一四センチメートルの鋼管を三本セットにして、基礎の立ち上がり部分の端と中央及び基礎の底盤の中央部分に配置する位置を決める。②人が杭打ち作業を行うために必要な範囲の地面を掘削する。③三本一組の鋼管を逐次油圧ジャッキ等で地中に埋めていく。六〇ないし七〇センチメートルの鋼管を次々に溶接しながら支持基盤に達するまで打ち込む。④不同沈下していた基礎の水平レベルを直しながら杭打ちを終える。⑤基礎のベース部分と鋼管杭との一体化を図るため、鋼管杭と基礎をコンクリートで固める。⑥鋼管杭を油圧ジャッキで沈めるため、その反発力で逆に建物が数ミリ程度浮き上がる。鋼管杭を打っていない部分の基礎も一体として浮き上がるため、基礎と地盤との間に隙間が生じる。基礎と地盤との接着を確保するため、その隙間にグラウト(凝固剤)を注入するというものである。

他方、被告は、原告主張の基礎改修工法は必要ないとして、セメントミルクを注入して地盤を強化する工法(有限会社グランド技研の工法、以下「グランド技研工法」という。)で足りるとしている。その改修工事工法は、①基礎の周囲六か所に幅一・四メートル、奥行き一・四メートル、深さ一メートルの穴を掘削し、底の地面にセメントミルクを注入する。②穴の底部に二〇センチメートル間隔で鉄筋を組み、コンクリートを二〇センチメートルの厚さに敷き詰め、モルタルで均して水平な礎盤を作る。③礎盤の上にH鋼材を据え付ける。④据え付けたH鋼材を沈下数値の大きい部分から少しずつ持ち上げて家屋を水平にする。⑤掘削した穴を正土で埋め戻す。⑦基礎の周囲に一メートル間隔でセメントミルクを注入して、地盤と基礎の隙間を埋めるというものである。

そこで、両者について検討するに、《証拠省略》によると、グランド技研工法については、基礎の床部分を一枚のコンクリートの板として考えた場合、基礎を周囲から持ち上げた時に大きなコンクリートの板を中央に設置されるH鋼の接合面だけで支える構造となるが、このような場合、「鉄筋コンクリート造のひびわれ対策指針」によれば、変形やひび割れを起こさないように外周部で支えられる四周内の面積を二五平方メートル程度以下にすることが望ましいが、グランド技研工法では、約五〇平方メートルもある底盤を外周部で持ち上げることになり、補修工事後、変形やひび割れが発生するおそれが否定できないこと、また、グランド技研工法では、H鋼材の周囲を正土で埋め戻すものであるが、正土を上からの展圧作業で敷き均したとしても、展圧のかかり方に偏りが出るとともに、これにセメントミルクを上から注入しただけでは土とセメントミルクは強い凝固をしないため基礎とH鋼材は結合しないこと、そのため、基礎はH鋼材の上に単に乗っているのと同様の状態であり、これに地震などの水平方向の外力が加わると、基礎が横滑り現象を起こす可能性があること、そのほか、グランド技研工法には、基礎の地盤の強化について均等の強度を確保しにくい、基礎を持ち上げる箇所が南西側の六か所であるため、北東側が補正されないまま残る可能性もあることなどの問題点があることが指摘されているところ、右指摘には合理性が認められ、かつ、グランド技研の代表者である萩原謙一の証言によっても、右指摘の問題点について合理的な説明がなされていないことに照らすと、グランド技研工法は、基礎の底盤の安定性、基礎と鋼材の結合の程度、工事の確実性、建物の傾斜の補正の確実性のいずれにおいても原告主張の方法より劣るものといわざるを得ないものである。

したがって、本件請負契約に基づき、本件土地の地盤の強度に対応して、構造耐力上安全な建物を建築する義務を被告が怠ったことにより生じた本件建物の基礎の割れ、それによる建物の沈下とそこから生じた建物の不具合を補修し、建物としての商品価値を備えるものにするためには、原告主張のような工法による工事(内部の改修工事も含む。)が必要であると認めることができるから、右の補修工事費用八九八万八五二五円相当の価値の低下があるものと解し(右の補修工事費用は、本件請負契約の代金を約三七パーセント下回るものである。また、原告は被告の不法行為により右の補修工事費用を出捐しなければならなくなったものであり、また、本件建物の沈下の現象は本件建物の完成後も徐々に進行していて、損害の確定時期を確認することが困難であることにもかんがみると、その出捐又はその予定費用の算出が合理的な期間内に行われる以上〔右補修費用の見積は平成九年七月ころ行われた。〕、その出捐に伴う消費税についても通常生じる損害と認め、かつ、その額も五パーセントの割合で算出するのが相当である。)、これを被告の不法行為と相当因果関係にある損害であると認めるのが相当である(被告としては、本件土地の地盤の強度に対応できる構造となっていなかったことから生じた損害を賠償すべき義務を負うべきものであることは前記のとおりであるから、基礎自体の改修を含まず、建物だけを改修する方法が原告の受けた損害を回復するのに不十分であることも明らかである。)。

(二) 代替住居確保のための費用について

そして、本件建物の不具合等を解消するために右のような工事が必要であると認められる上、《証拠省略》によると、右の補修工事では、基礎を支持地盤から十分に支えるため、建物の外周のみならず、建物の中心部分をも掘削して鋼管を埋め込んでいく作業が必要となること、その作業には本件建物の一階床部分を取り除くことが必要となり、その間は、建物を使用することができないし、基礎の不同沈下に伴い変形した建物を補正するために軸組等の補整も不可欠であり、それらは壁の上からは不可能で、内部の壁をはがさざるを得ないものであること、これらの補修工事の期間、本件建物を住居として使用できないが、その期間は約二か月であることが認められるところ、《証拠省略》によると、原告は、本件建物の補修のため、まず、本件建物から代替住居に転居し、そこで、約二か月間生活し、補修が完了した後、さらに本件建物に転居しなければならず、これらの費用として、引越費用二回分八五万八八七〇円、原告が一時的に転居する住居の家賃として二か月分の家賃九万六〇〇〇円が必要となるものと認められ、かつ、仲介手数料四万八〇〇〇円を要するものと推認されるから、右の費用は被告の過失行為と相当因果関係にある損害というべきである。

なお、原告は、原告は移転雑費として一〇万円の損害を主張するが、右費用の必要性についての具体的な立証はないので、これについては、被告の過失行為と相当因果関係にある損害ということはできない。

(三) 調査費用について

本件建物の不同沈下の原因及びその状況を正確に把握し、それに対する的確な修補方法を検討して、被告に対する請求の可否及び相当な損害額を算定するためには、専門家である一級建築士等による調査及び私的鑑定等が必要であると認められるから、そのような調査及び鑑定費用も本件と相当因果関係にある損害であるというべきところ、原告が右の費用として四八万二七三六円を支出したことが認められるから、右金額相当額も被告は原告に対して賠償すべき義務を負うものである。

(四) 慰謝料について

原告は、本件建物の基礎の沈下に起因する不具合により、長期間にわたり多大の精神的苦痛を被ったものと認められ、右苦痛が物的損害の填補によって補えるものとは考えられないから、被告に対して慰謝料の支払を命ずるのが相当であり、本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、原告の精神的苦痛を慰謝するには五〇万円をもってするのが相当である。

(五) 弁護士費用について

原告が原告訴訟代理人らに本件訴訟の追行を委任したことは記録上明らかであり、それに伴い相当額の報酬の支払を約したものと推認されるところ、本件の被告の過失行為と相当因果関係にある報酬部分は一一〇万円と認めるのが相当である。

二  よって、原告の主位的請求は、被告に対し、金一二〇七万四一三一円及びこれに対する不法行為の後である平成六年一二月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものである(なお、主位的請求で棄却した移転雑費については、予備的請求における被告の責任が認められるとしても、その立証はないから、いずれにしても認容の余地はないものである。)。

(裁判官 野島秀夫)

〈以下省略〉

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